屋久島生活の断片 / 屋久島方丈記

「Mylogbook:屋久島生活の断片 / 屋久島方丈記 / 屋久島暮らし残照録」の記事を紹介しています

2020年4月11日の「屋久島暮らし残照録・日誌編:No.008」の記事です。

家を建て引っ越して来てから25年経過した今年のある日、玄関の外灯(外壁取り付けブラケットの先に電球上向きの本体がついている)を何気なく見たらガラスカバー内で電球が傾いているのに気付いた。そこで笠を外しガラスカバーを外して見てみたら、電球用ソケットの固定部金具が腐食してグラグラになっていて電線だけで支えていたので傾いてしまっていたことが分かった。


  左: 旧い玄関灯(下部の緑色が結束ワイヤ)   右: 新しい玄関灯

そこで園芸用ビニール被覆の結束ワイヤでソケットを縛って本体下部の二つの水抜き穴に通して本体に固定した。そしてカバーを戻し笠を戻そうとしたら笠も腐食していて指が触れた何ヶ所かに穴が開いてしまった。25年で薄い鉄板で出来た笠も腐食してしまっていたわけである。そこで笠は錆びを取りペンキを塗ってから台所用アルミテープを貼って補修し取り付けた。

これでかなりの間持つとは思われるが、しっかり感がないと気になる私にはなんとなく満足感が湧かない。新しい玄関灯に替えたほうがよいかなと思いネットで情報を探していたら、ある記事に玄関灯などは一般に耐用期限は10年というような記述があった。

それを見て25年経っているのだからやはり替えようという気になった。電球が上向きだと笠をかぶせるタイプになり笠の取り付け隙間から雨水が浸入し易くいずれまた腐食するかも知れない。そこで電球が下向き、つまり笠と本体が一体型になっている内側の上部にソケットがあって、雨水の浸入に強そうなタイプにすることにした。わが家の取り付け位置では玄関灯は下を照らして欲しいので電球下向きがあっている。いままでは電球がブラケットの上方にありかつ上を照らすようになっていて何となく違和感があったのだが、このタイプにしてそれも解消した。



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2020年5月5日の「屋久島暮らし残照録・偏見ご免のたわごと編:No.006」の記事です。

5月2日と3日に聞いたのだが、町内放送で消防署から注意があった。発熱を訴えての救急車出動要請時救急隊員は防護服を着用して出動するが、それを見ても感染者発生と憶測したり噂を流さないように、あくまで万が一に備えた隊員の感染予防のためである、感染者発生時には放送でその旨知らせる、ということである。

また屋久島に一つある総合病院からの注意も放送された。発熱しているひとはまず保健所に連絡しその後来院すること、発熱患者用診察ルートを設けてあるのでそれにしたがうこと、というようなことである。

また5月3日に配られたある葬祭業者の便りによれば、感染死亡者が出た場合に備え防護服での霊柩搬送の用意はしているようである。またお坊さんはマスクをして葬儀をしているとのことである。また葬儀のために島外から帰省する子どもたちとの打ち合わせでは、自分が感染し従業員や父母・家族に感染させてしまったらと緊張するそうである。そして葬儀への島外からの参加は控えてほしいと願っているようである。

5月4日には緊急事態宣言の5月31日まで延長の発表があった。鹿児島県は特定警戒地域ではない、そして政府の求める対処方針の概略からみると感染予防策を条件として諸活動の自粛緩和ということになりそうである。今後鹿児島県や屋久島町から地元の具体的対応指針が出されると思われるが、

 ・県外移動および接待を伴う飲食店営業は自粛継続、県内移動および接待無し飲食店の営業は許容
 ・大人数イベントはまだ自粛継続、少人数イベントは感染防止策を条件に容認
 ・施設の営業は業種別に事業者が感染予防策を策定し、
  それが遵守可能になった範囲から段階的に事業活動再開
 ・職場への出勤の7割減は求めず、テレワークその他可能な範囲で自粛してということか
 ・学校については、感染者が出ていない市町村は、感染予防策を条件に全面再開

を基本にして5月11日からということになるのではないかという気がする。

これからはある程度県内の経済活動が戻って来るようだから、屋久島でもこれまでよりはひとの往来が増してその中には県外からの来島者もいないことはないとなれば感染リスクは高まることになる。高齢の私たちは万が一感染したら重症化や死亡する確率が比較的大きい。今後状況により県外移動・県外からの移動も段階的に許容されて行くだろうが、当地ではリスク増大要因かも知れない。心配する状況は緊急事態宣言が解除されたとしてもなくならない。そして感染予防の生活は終息するまで続くわけである。一説では2022年までかかるというはなしもある。


補足: ひとり10万円の特別定額給付金は
屋久島町では申請書を5月7日発送予定で準備しているそうである。対象は令和2年4月27日現在、町の住民基本台帳に記録されているひとということだから、わが家では夫婦二人分が支給される。申請を即するつもりでいるが、先日のテレビニュースによれば5月中には振り込まれるようである。


(参考記事)
屋久島暮らし残照録・偏見ご免のたわごと編:
  No.002  屋久島町の動き_新型コロナウィルス感染症対策  (2020.04.20)

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2020年5月4日の「屋久島暮らし残照録・偏見ご免のたわごと編:No.005」の記事です。

4月のある日、レンタルサーバー契約更新に当たってコントロールパネルを開いてみたら、お知らせにグーグルの指摘があるので常時SSL化を勧めるとあった。そこで私の作成しているサイトやブログがどうなっているのかまずは現状を調べてみた。

「My logbook:屋久島生活の断片」および「My logbook:屋久島方丈記」
・・・レンタルサーバー利用で利用開始時からSSL化していないので http:// でしかアクセスできない。

「屋久島釣り場案内」
・・・無料ホームページレンタルサービスを利用しておりSSL化されているが、サーバー側では常時SSL化はしないしさせない運用方針ということである。http:// でも https:// でもアクセスできる。

「屋久島生活の断片/屋久島方丈記」(ブログ)
・・・無料ブログサービスを利用しているが、SSL化作業の途中ということでまだSSL化されていない。常時SSL化されるかあるいは出来るようになるのかは分からない。

今回、常時SSL化を勧められていたのは、「My logbook:屋久島生活の断片」および「My logbook:屋久島方丈記」の両サイトだが、これらは各600ページ以上ある。常時SSL化の作業に不案内なので、この両サイトの継続サイト(「My log book:屋久島暮らし残照録」)を作って最初の数ページのときに常時SSL化してみることにした。SSL化の練習のつもりである。そしてそれをしてから両サイトの常時SSL化を進めることにした。

「My logbook:屋久島暮らし残照録」を新たにレンタルサーバーに登録しSSL化したら、http:// でも https:// でもアクセスできるようになった。次いで常時SSL化(正規化ともいうらしい)、つまり http:// でアクセスされたら https:// で常時表示されるようにする。そのリダイレクトをさせるための .htaccess を調べてサーバーに追加したら常に https:// で表示されるようになった。

そういうやり方が分かって、それから「My logbook:屋久島生活の断片」と「My logbook:屋久島方丈記」も常時SSL化した。それぞれ600ページ以上あるのだが、初心者の私が作ったサイトで特別な細工はしていないからか、さらっと見たところでは https:// での表示での不具合はなかった。

これらのサイトは、サイトマップを登録している。そこで https:// サイトのサイトマップをいつも利用している1000ページまで対応の「無料サイトマップ作成サービス」で作ろうとしたら https:// サイトにアクセスできずエラーになってしまった。ネットで情報を探して見たら国内では「サーバーにアクセスしてサイトマップを作成するサービス」で https:// に対応しているところはないようである。外国にはあって、「PRO Sitemap Service」というのが対応しているが無料だと500ページまでとある。そこで試してみたら500ページ分のサイトマップが作れた。これでもいいのかも知れないが、趣味も兼ねてサイト作成をしている私は600ページ以上のものも作りたい。

そこでPCソフトなら対応しているかも知れないと、ネットで探して「サーバーにアクセスしてサイトマップを作成する無料ソフトと有料ソフトの体験版」をダウンロードして試してみたが、サーバーにアクセスできないというエラーが出てどちらもうまく行かなかった。

そこでさらに探して見たら、サーバーにアクセスせず「ローカルサイトからサイトマップを作成するという無料ソフト」があった。自分でサイトマップを記述するのは大変だからローカルサイトのファイル名を見て代わりに記述してくれるようなソフトである。私は「ホームページ作成ソフト」でサイトを作成しているが、そのソフトが作り出す内部ファイル(サーバーにはアップロードされない)も、そのサイトマップ作成ソフトではサイトマップに出力される。またすべてのページの日付がサイトマップ作成日になる。

そこで出力されたサイトマップから内部ファイルを手動で削除した。ページを追加や更新したときにまたそのソフトで作ると内部ファイル分も作成されすべてのページの日付も作成日になってしまうのは困るので、そのソフトで作るのは最初だけにして、あとは手動で新しいページの記述追加や更新ページの日付変更をすることにした。一回に追加は1ページ、変更はそれに関連する数ページだから手動で十分対応できる。

いまは、「My logbook:屋久島生活の断片」、「My logbook:屋久島方丈記」、「My log book:屋久島暮らし残照録」が常時SSL化され https:// で表示されるようになっている。またグーグルの search console とマイクロソフトの Bing には https:// サイトとそのサイトマップを登録してある。サイトマップを登録しても、ひとが検索しヒットしても見てくれるかどうかはコンテンツ次第だからアクセスされなくても致し方ないが、サイトを趣味を兼ねて作成している私としては、これで常時SSL化とそれに伴う変更をし終わったのかなという気になっている。



(関連記事)
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.2  HP作成ソフトをアップグレードして  (2010.06.03)
  No.369  ホームページの引っ越し  (2016.10.24)

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2020年4月28日の「屋久島暮らし残照録・日誌編:No.004」の記事です。

平均気温18℃を超えると出始めると言われている。そこでわが家では暖かくなりそうになって来たらスズメバチトラップを仕掛け始め、毎朝掛かっているかいないかチェックすることにしている。今年も日中は20℃を超える日が続くようになって、3月26日には朝の外気温が19.6℃、27日朝の外気温が19.8℃と18℃を超えて来たので、3月27日スズメバチトラップを仕掛け始めた。

ところが18℃超えは三日くらいで、そのあと4月17日まで朝の外気温が低く20日になってやっと18℃を超え20℃くらいになったと思ったら、それは一日だけでまたそのあとまた低くなって以後27日になってもわが家の朝の外気温は18℃以下である。

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天気予報によれば寒気団の影響で気温が上がらず5月2日くらいから気温が上がるようである。今年は暖かい春が来るのは遅れている模様である。昨年は4月19日、一昨年は4月6日にスズメトラップにオオスズメバチが掛かり始めたが特に気温が低かったという記憶はない。また例年遅くとも4月19日以前に掛かり始めていた。

今年は朝の外気温が13.8℃の4月10日にコガタスズメバチが1頭掛かった。今年は気温が低いのに、これがスズメバチの掛かり始めである。外気温が低く平均気温も18℃は行っていない気がしていたので勘違いして出て来たのかも知れないが、そのあと二週間以上掛からない日が続いた。。そして朝の外気温が17.3℃の4月27日にオオスズメバチが1頭掛かった。十分平均気温は18℃を超えているはずだから納得で、この日から今年のスズメバチの出るシーズンが始まったというのが私の印象である。4月27日には昼にもオオスズメバチが1頭掛かった。


 
(関連記事)
屋久島方丈記・日誌編:
  No.517  スズメバチトラップの掛かり始め_2019  (2019.05.06)
  No.553  スズメバチ2019シーズンは終わったよう  (2019.11.29)

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2020年4月27日の「屋久島暮らし残照録・日誌編:No.003」の記事です。

5年くらい前、クレアチニンの数値が基準値を上回っていたのでこのままいくと透析の恐れもあるとeGFRの数値とステージで危険度などの区分の色分け表を見せられて注意しろというようなことを言われたような記憶が私にはある。


              右の運動の本は昨年購入したもの

以来様子見をして来たのだがクレアチニン数値が上昇気味なので、私は腎臓病に関する本を何冊か購入して読んでみた。注意の意味はよく分からなかったが、蛋白は出ていなくても注意と言われたのだからクレアチニン数値から求めたeGFRの数値から見て腎機能低下の先行きを警告されたのだと理解した。

そして昨年になって注意を具体的行動に移したいと思うようになったが食事管理しか思い当たらない。それで思い立って昨年8月末ころ食事管理を始めてみた。そしてそれを11月の診察時医師に伝えたのだが、はなしが通じない。そのとき診療所職員に過去のはなしを前提にはなしをしても医師に通じないとこぼした。

それを聞いてか後日の診察時、医師からそういうことは言った憶えがないと言われた。当時、医師はただ最悪そうなることもあるというくらいの軽い意味合いで言ったのかも知れないが、そのとき以来私としてはこのまま数値が悪化して行くとまずいことになるのだと思い込んでしまっていたわけである。以下、その思い込みで食事管理を試みることにしてからのはなしである。

食事管理をし始めたところ急に少食になったせいか便量も少なくなり便秘気味になってその状況が長く続いた。そして便意も感じないのに無理してでも出そうと力んで出たり出なかったりを続けてひと月以上過ごしているうちに正常な便意や排便感覚を忘れてしまった感じになってしまった。どんな感じになったら便の出しごろなのか、どう力を入れれば便が出て来るのか忘れてしまったような感覚に陥ってしまった。

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これではまずいと思うようになって、どのような便がどのように出る状況が正常なのか、また便秘気味の状況からそうなるにはどうすればよいのか、そしてまたそうなるまでどう推移するのか知りたくて便秘あるいは排便に関する本をいくつか購入してしまった。昨年12月ころのことである。

そして本を読んだのだが、特に特効的あるいは即効的対処法があるわけではなく、何しろ便量を増やすこと、便を軟らかくすることが必要で、便意がないのに無理して出そうとしない、毎日出なくても問題ない、バナナ便になるように便を観察し水分摂取や食べ物を工夫する、というようなことが印象に残った。毎日出なくてもよいということが分かって、かつては出ないと何とかならないかと思い煩っていたストレスからは解放され楽になった。

私は水分が不足しているかも知れないと思って、ネットで調べたところ水を飲む量は一日1.5リットル以上必要らしいとあったので、毎日飲み物を200ccのコップで杯数を数えながら飲むようにした。一度にコップ一杯ずつではなく合計で杯数が分かるように200ccのコップを常時使用することにし空になったら新たに注ぐようにしたわけである。様子を見ながら量を徐々に増やして行った結果、私の場合起床直後の一杯を含め一日8~9杯で具合がよい感じである。そして水分摂取に注意しつつさらに食べ物に気配りしたら、今年になってからはかつてのように出るには出るがトイレにいる時間が長くなるというようなこともなく、すんなり出るようになって本にある正常な排便状況になった感じになった。

毎朝、朝食後に習慣的に排便のためトイレに入るようにしているが、便量と排便のタイミングで日により多めに出たり少なめだったり、日によっては出ない日もある。便意はよく自覚できない。毎日定期的にトイレに行くことにしているから出そうで我慢できないというような便意は来ないのかも知れない。そしておならが出そうなかすかな感じやお尻の穴の辺りになんとなく出そうな感じとか何となくそれが便意なのかと思いつつトイレに行く日が多い。



(関連記事)
屋久島方丈記・日誌編:
  No.329  クレアチニン数値が高いと言われて  (2016.02.08)
  No.550  食事管理をし始める_排便状況の変化に悩む  (2019.11.15)
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.299  子どもの便秘_排便の習慣と方法は大事  (2015.08.13)
  No.570  友人手術の報で気になり受診_自分も同病、入院・手術  (2020.03.03)

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2020年4月20日の「屋久島暮らし残照録・偏見ご免のたわごと編:No.002」の記事です。

4月8日、7都府県に緊急事態宣言が出たが、屋久島町ではその事態を受けて町民と来島を予定しているひと達に町からの自粛要請を出した。町民には防災無線で町長が放送もした。また町報配布時に要請書面も配布された。

町民には、

・緊急事態宣言発令期間中、不要不急の移動はなるべく控える。
・感染予防のために、換気の悪い密閉空間や多くの人が密集する場所、
 近距離での会話をする場面などの条件がそろう場所は避け、
 外出後や食事前には、石けんやアルコール消毒液などで、こまめに手を洗う。
・各種経済対策に伴う申請手続き等については、準備中で決まり次第、知らせる。

来島を予定しているひとには、
・本町への旅行および移動は、緊急事態宣言発令期間中は慎んでいただきたい。
・・特に、緊急事態宣言対象の7都府県からの本町への旅行および移動は、
  緊急事態宣言発令期間中は慎んでいただきたい。
・7都府県のひとであるかないかにかかわらず、
 発熱や咳の症状のあるひとや体調のすぐれないひとは、来島を遠慮していただきたい。
・その要請理由は以下の通りなので、ご理解いただきたい。
・・本町は医療機関も限られており、屋久島には入院できる病院は一つしかない。
  口永良部島には医師が常駐していない。
  島内で急速に感染拡大し複数の患者が出た場合、医療確保できなくなる。

この要請が出たというニュースがテレビであったその日か翌日に、屋久島のあるホテルを実質経営している会社の社長が、鹿児島のホテル業界の代表としてか経済界の代表としてか聞きそびれたが、屋久島町の自粛要請の取り下げを要望したというニュースが流れた。その後町で何の情報も流れていないから屋久島町では受け入れなかったようである。

7都府県に緊急事態宣言が出た日、町のホームページを見てみたら対策本部の会議報告が出ていた。それによれば、

・町民に分かりやすく示すためのマニュアル等を作成
・島内所在の通信制高校のスクーリング自粛要請
・町運航のフェリーの健康確認質問票変更や非接触型の体温計導入 
・老人クラブの有志による布マスクを作成
などが検討あるいは実施されているようである。

また、別に各種イベントなどの中止状況もリストアップされていたが、私も聞くことがある町内放送でその都度流されていた各種イベント(保健関係行事、図書室行事、子育てサロン、ウミガメ観察会など)の中止情報も記載されていた。


補足: 生活補償や休業補償_まずは早くやること
自粛要請で個人や企業などに影響が出ているあるいは出るというようなニュースが頻繁に流れている。私などは働き始めたころ三ヶ月は何かあっても食いつなげるように蓄えを持てと言われて来た。キリギリス生活を戒められてきたわけだが、いまは困窮生活を念頭に置かない生活に慣れてしまった人間が多いようで、ニュースでは大変だ、困っているというひとのインタビューが当たり前のようになっている感がある。また企業ではリーマンショックで資金繰りに困ったことから利益を内部留保に回すところが多く世の中の金回りを阻害していると指摘されてきたが、この危機のときこそその金の使いどころだと思われるが泣き言めいた発言も見られる。子どももいままで夏休みなど長い休みを楽しんで過ごしてきたわけだし、親もその休みを前提とした生活をしてきたわけである。それなのに休校になったら、子どもも親もどう生活をすればよいのか大変だと嘆き、メディアもそうい発言を煽っている。なんとも私には違和感がある。

それはそれとして、個人や個人経営者あるいは中小企業は生活資金や営業資金に困っているあるいは困るのは現実問題である。どうも政府の生活補償や休業補償の動きあるいは考え方にスピード感がない。15日の朝、テレビ番組で橋下徹氏が言っていたが、例えば生活補償なら各人みんなに一律一定額すぐに配ればよい、そして今年分の課税時期になったら各人の収入に応じて配りすぎた分を回収・徴収すればよい。その方法を考える時間はこれからたっぷりとれる。そうすればいま収入が多い少ないでどうしようと議論してやる時期がどんどん遅れたりタイミングを失することもない。そういう知恵を政府・官僚は出せということである。

そしてそのはなしが効いたのかあるいはそう思っているひとが多いからか、16日になって首相が全国に緊急宣言拡大するとともに国民一人当たり一律10万円支給すると発表した。だがこれも公明党党首に求められるまでは動きが遅かった感がある。その案が適切かどうかは分からないが、国難と言っていたのだからいろいろな対応案を検討し準備していたものと思っていたが期待しすぎだったかも知れない。



(関連記事)
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.564  新型コロナウィルス_WHO事務局長に違和感  (2020.02.07) 

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2020年4月13日の「屋久島方丈記・日誌編:No.578」の記事です。

司馬遼太郎が無人島に一冊の本を持っていくとしたら「歎異抄」だと言ったとかいうはなしを見たか聞いたかして、以前から歎異抄に関心はあった。本屋で何冊も紹介・解説する本を眺めて来たが、どれが適当かよくわからない。最近ネットで本を探しているときに「歎異抄をひらく(高森顕徹著・1万年堂出版)」という本が出ていて、同名のアニメ映画の原作だと書いてあった。私はアニメの存在も知らなかったからアニメも見たことはないのだが、映画化されるには解説に偏りがなく理解しやすいなどそれなりの理由があるのだろうと思って購入してみた。
w200413
歎異抄というのは親鸞聖人の教え・言葉と異なることが説かれているのを嘆いて、蓮如上人が親鸞聖人の大事な言葉のいくつかを記したものでそれを歎異抄と名付けると本人が書いている。その名の意味はそういうことかと、題名と親鸞聖人しか知らない私はそれを読んでなるほどと思った次第。そういう中身も知らない私だが、無人島に一冊の本を持っていくとしたら歎異抄と言われる訳は以前から知りたいとは思っていた。しかし読んでみても私にはそんな気持ちが湧き上がって来なかった。その方面の知識・学識はないし、外見あるべからずと言うところの門外漢の私にはそれを感じる素地がないのかも知れない。

そういう私の読んだ感じ、その受け取り方の正否は分からないが次のような点が親鸞聖人の言葉の眼目かなという感じである。盲人が象を触ってもの言うに似た印象かも知れない。
・すべての衆生は煩悩にまみれた悪人
・自力・煩悩で善行するいわゆる善人も悪人
・阿弥陀如来はすべての衆生を救うと誓いを立てた(請願・本願)
・疑いなくその本願を信じる衆生は弥陀の浄土に往く身になる(信心)
・そうなって念仏を称えようと思い立つ心の起こる
・そして生まれ生きている幸福を知る(摂取不捨の利益)

これらはキリスト教か何か知らないが、いままでに似たことを聞いたことがある感じがする。
・人間すべて罪びと
・悔い改めよ
・すべて神さまの思し召し
・信ずるものは救われる
・神のお恵みに感謝せよ

私はこういう教えの由来やその意味に関する知識・学識はなく、それらの言葉を見聞きして感覚的にこういうことかと思ったこと記憶しているだけである。そういう私の受け取り方ではあるが、高齢になった私はいつのころからかそれらの言葉に似た心境になっている。なにごとも自分の思い通りにはならない、しかしそういうものだとして自分の人生に納得できれば幸せにいまを暮らすことが出来る。誰でも年をとるとそんな感じでいるかとは思うが、どこかで聞きかじったいろんな言葉みたいなことを上記に倣って挙げるとこんなものかと思われる。
・優しく誠実に努めて生きよ
・しかし人生なるようにしかならない
・それで良いのだと生きれば良いのだ
・そして生まれ生きていることに感謝せよ



(関連記事)
屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編:
  No.05  田舎に移ってくること  [2000(H12).07.07]
  No.111  カウンセリングのこと  [2003(H15).01.27]
  No.335  愚者のこと  [2010(H22).03.22]

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2020年4月6日の「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.577」の記事です。

コロナウィルス感染拡大を防ぐとして政府が一斉休校を要請した際、知事の中には政府に異議があってか自分の立場はどうなのよというような感じであるいは自分の存在を誇示するためにか反発含みの発言をする人も見られた。野党などは疫学的証拠を示せとか科学的根拠がないなどと言って自らの存在を印象付けるような政府追及が目についた。

感染が分かるのは感染してから10日以上も経ってだからいまどうなっているか分からない、先読みで措置をしていくしかないのにそれを承知で政府を問いただすパフォーマンスをしているだけの印象だった。また証拠も定かではないのに誰かが怪しげと言い出したことに基づいて印象操作を狙った追及をまだ続けようとして危機感が薄い印象を与える場面もあった。

国民には民主党政権の教訓はまだ生きているようだからまだ救いの余地は残っているかも知れないが、それでも県民や国民の健康・生命を守る振りをしながらまず自分たちのことを考えてしまうような人物を県民や国民が見抜けず選んでしまうとそうなるという教訓はことが収まれば忘れ去られることが多い。

そういうことを思っているとき、ポツンと一軒家というテレビ番組で村長だとか町長だとか区長が番組スタッフを案内してくれている様子を何回か見たことを思い出した。取材の事前調整が済んでいたからのかあるいは突発遭遇でテレビ番組だと知って信用できる相手だと思ったからか、スタッフに好意的で住民にも高ぶることなく応対していた。それはスタッフあるいは放送を意識してのことかも知れないが、それでも彼らの言動に上から目線が感じられるような気配を垣間見ることはなかった。彼らからは過疎化の進む地元あるいはそこに住む住民のことを大切に考えてやっていたあるいはやっている誠実な人間のような印象を受けた。

自分たちが得をしようとか自分たちの偉さを誇るためとかそういう意識はなく地元や住民に添った活動をして来たようで住民との会話でも互いの間に信頼を疑わせる距離があるような雰囲気は感じられなかった。私はそれはどうしてなのか考えたのだが、過疎化が進み住民を守って地元を維持して行かなければならない地域にあって、互いにその自覚を持って相手を尊重しつつ接する意識があるからではないかと思わずにいられなかった。他人のためがすなわち自分のためでもある、いわゆる情けはひとの為ならずで互いが暮らしていないとそうはいかないということかも知れない。

以上のポツンと一軒家での印象は私がそう思いたいだけで、良く見える姿に隠された実像を見通していないだけかもしれない。その可能性は低いことを願うが、もしかしたらわが町と変わらないのかも知れない。そのわが町では昨年来出張旅費を浮かして着服したという疑惑が町長のみならず議員や役場職員にも広がっている。

そして彼らやその仲間たちあるいは支援者は利を得られる限り少々のことだと倫理に悖ることをも容認する風土をよしとしているようである。よく聞くが、田舎だからそういう傾向が残っているということかも知れない。そういう空気が強い中に地元をよくしたいと言うひとたちもいて、その疑惑を指摘してもなかなか追及が及ばない。利権やその波及効果の恩恵にあずかっていない一般人の出処進退の常識も彼らには通じないみたいである。

私は出来る立場になったら得することがあるのにしないという自信はない。誘惑に負けるかもしれない。またみな立場が変わってもしないという保証はないと思っている。現に追及側と目されていた議員も同じことをしていた。そういう思いがあるからか、町長はメディアから進退に関する質問をされても反省を口にはするがそれはやり過ごす方便に過ぎない様相である。テレビ報道などで疑惑対応の経緯を見ているとそんな印象である。

私は、清廉潔白は理想で、そうあって物事がすべてうまく行って欲しいと願ってはいる。そうは思っている。だが私は、少々のことだと倫理に悖ることでも地元と住民のため敢えてそういうことに挑んだというなら、そしてそのホコリを被る覚悟があってのことなら目をつぶる気もある。しかし汚れも厭わぬ郷土愛のなせる業ではなく、何ともしょぼい小金のちょろまかしではどうしようもないし、無自覚にやっていたことが発覚したとしてもその後のあがきはいただけないと失望しているところである。また町長は昨年、ほかに町の事業参入を狙う業者からの飲食接待とか現金授受の疑惑も報道されていたが何となく脇が甘い人物のようで気がかりである。



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2020年3月30日の「屋久島方丈記・日誌編:No.576」の記事です。

何年前からかはっきり言えないが大分前からわが家の西側の里道の向こう側の土手の下が抉れてきているのが気になっていた。下部はむかしからある土盛りでその上に石垣が13年くらい前に積まれその上にまた土盛りされてわが家の西側の丘の上の土地に行く通路を造成した際に造られた土手である。昨年にはわが集落の区長にも見てもらっているところである。

その土手の石垣の下部が、その下の土盛り部が抉れたためかあるいは土手の上の土盛り部に自然に生えて成長した木の根が悪さしているのかあるいはその両方のためか分からないが、道側にせり出して来ているのに最近気づいた。2000年ころわが家の西側の丘の上に立つ家の里道から上がる通路の石垣が大雨のあと崩れたことがある。今度は何かが切っ掛けでその土手の石垣の大きな岩がわが家の方へ崩れて来たら危ないと怖くなった。



上左: 13年前くらい造成工事開始のころ(赤線がもともとの土手の高さ)
上右: 造成された土手(赤線より上が積み上げられた)

    下左: 土手と通路完成直後の状況(赤線がもともとの土手の高さ)
    下右: 現在の土手と通路の状況


土手のもともとの高さ付近の石垣下部せり出し状況(3点例示)

今年2月初め神奈川県逗子市で、崖上に立つマンションがあってその敷地であるその崖の斜面が崩壊し崖下の市道を歩いていた女子高生が土砂に埋まって死亡した事件があった。マンションの工事に際し開発業者が急傾斜の崖の補強をちゃんとしないでマンションを建設・販売したとしてその責任を問われているようである。それも頭にあったので、この土地を開発した業者に何とかしてもらえないかと思って3月19日状況を連絡した。

そして23日に土地開発した不動産会社のひとが現地確認に来てくれた。状況は分かってくれたようで会社に帰って社長に報告したところ、社長の見解では会社には関係ない、いまの所有者の問題だとのことのようである。それこそわが家横の道の向こうのことだから対策については私の課題ではないのだが、何事かあればわが家に被害が及ぶ恐れがあるという点で無関心ではいられない。だから通報したのである。私は横浜で建設・販売したマンションの継ぎ目が一方の建物が沈下して傾きずれた事件があった際、基礎工事の杭打ちに瑕疵があったことが判明し開発業者が建て替えをするとか、その間の転居保証をどうするかとかが話題になっていた記憶もあるから、開発業者も当事者ではないかという気がしている。

この一帯は冗談ぽく社名の一部をとってXXX団地と言われたりするようにその会社が開発した土地である。そしてある時期までは土地購入者をリスト管理し、わが家にも毎年年賀状が来ていたし、追加工事とか土地利用がらみの問題を解決するサービスも商売にしていた。私も何度かお世話になったことがある。そういう会社が開発工事をした土地が問題を含んでいた。そしてその土地を販売したのだから、私の感覚では製造責任(PL)みたいなものもあるのではないかと思える。だから、問題解決には所有者と開発業者がはなしあってしかるべく対応すべきではないかと思っている。一応そのことを社長の見解を伝えてくれたひとに言って善処をお願いした。



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